イギリス男である。その容姿と雰囲気はいかにもイギリス紳士のイ
メージである。しかし、イメージとはこちら側が勝手に思い描いた曖
昧さを含んでいるので、正確ではない。むしろ、こちら側がイメージ
するアメリカ男との比較から、イギリス紳士のイメージを引き出そう
としているのかもしれない。ジェレミーに関して、ここら辺りが混沌
としてくるのは、おそらく役の上で彼の二面性にふれてきたからなの
ではないか。いま思えば、彼が演じた男たちの多くが相反するような
人格を抱えていた。それがピタリとはまっていたのである。
1948年9月19日、イギリスのワイト島生まれ。高校時代から演劇
に夢中になり、71年にロンドンに移り、テレビの端役を経て、ミュー
ジカル「ゴッドスペル」で成功をおさめ、79年「ニジンスキー」の振
りけ師役で映画デビューを果たしている。
初めてジェレミーを見たのは『フランス軍中尉の女』(81)だった。
ヴィクトリア王朝時代の映画の中の人物、それを演じる俳優の一人二
役。そして、プルースト原作の映画化『スワンの恋』(83)の、ブルジ
ョア教養人の洗練された紳士ぶりには目を瞠るものがあった。優雅で
知的、官能と退廃を兼ね備えた男の魅力が実に印象的で、共演のアラ
ン・ドロンが霞んで見えたほどだった。その後、出演作はだいたい観
てきたが、スクリーン上のジェレミーはいつも謎めいた二面性をもち、
危険な香りを漂わせていた。
それを見事に体現してみせたのがデビット・クローネンバーグ監督
の『戦慄の絆』(88)だったのではないかと思う。ここでは婦人科医
の一卵性双生児を一人二役で演じた。子どもの頃から一心同体のよう
に育ってきた双生児はどんなことでも共鳴し合い、一つの人格を共有
しているような二人。逆にいえば、二重人格を生きる一人の男。一人
で二人、二人で一人、という分裂と同一化。ああ、混乱してくる。そ
んな双生児の日常に一人の女が入り込んできたことによって、二人の
関係はバランスを失っていき、破滅への道を辿っていく。まさに、戦
慄の絆に翻弄されたT魂の軌跡UT異形の愛Uの悲劇である。この難
役は願ってもないジェレミーの当たり役だったのではないかと思う。
大富豪の妻殺害の容疑で告訴され、無罪放免された実在の貴族を演
じてアカデミー主演男優賞を受賞した『運命の逆転』(90)のジェレミ
ーは無表情で愛憎の心理的な葛藤を演じていたが、やはり『戦慄の絆』
のほうが彼らしさがにじみ出ていたように思う。
ほっそりとした長身、ハンサムな外見は知的で気品があり、ストイ
ックで傷つきやすい精神、そして憂いと優しさもたたえているので、
一度は女を虜にしてしまう魅力がある。しかし、一歩踏み込めば、氷
のように冷たく、エゴイストの酷薄さや偏執狂的な翳りさえ垣間見え
てくる。そんな男が本気で女を愛するはずがない。二重人格の人間が
一人の女を愛するとき、どちらの人格が表れるのであろうか。などと
茶化してみたくもなる。「ああ、本心がつかめない」「こんな男、好
きになるんじゃなかった」と地団駄踏んで悔しがる女はやがて疲れ果
てて男から離れていく・・・。
そんなイメージを想起してみたくもなるジェレミーが、息子の恋人
であるジュリエット・ビノシュ演じる女に恋狂いした揚げ句、悲劇的
な結末に至るというのがルイ・マル監督の『ダメージ』(92)だった。
全裸の激しいラブシーン(アクロバット的で笑える)がずいぶんと話
題になっていたが、ジェレミーがすべてを官能にゆだねてしまう男の
悲哀を渾身の力?で演じていた。彼の思いつめたような眼差しやほと
ばしる情念が浮き彫りにされればされるほど、男の性の不思議さを感
じるのである。男が女に溺れていく図式には、甘い恋愛などは成立し
ないのではないか、と思ったりもする。
地位も名誉もすべてを捨てた生身の男が女に求めるものは愉楽の結
合に生きる刹那なのか。抱きしめても抱きしめても精神は肉体を裏切
り、欠落感のみを生んでいくのか。男は彷徨える子どものように女を
求め、そして女に去られたあとは絶望の淵に立たされながらも一つの
解放を見るのだった。そんなジェレミーこそがジェレミーらしいとわ
たしは思ったのである。こんなことを書いていると、なるほど自分の
恋愛観が顔をのぞかせるらしい。
ああ、そんなジェレミー・アイアンズもアクション映画の悪役を演
じてしまった。『ダイハード3』(95)のテロリスト役である。意外
だった。かなり、ショックでもあった。ところが、これがまた素敵だ
ったのである。筋力トレーニングで鍛えたであろう鋼のようなバネを
もった見事な肉体は、明晰な頭脳と偏執狂的な精神を裏打ちするもの
であったことを知る。やはり、ここでもジェレミーはジェレミーだっ
たのである。