若い黒人俳優の個性を世に送り出したスパイク・リー監督は「黒人を
正確に描写できるのは黒人の監督しかいない」という信念のもとに映画
製作を行ってきた人だ。低予算で作った映画『シーズ・ガッタ・ハヴ・
イット』(85)は3人の恋人とつき合いながらアイデンティティを見つけ
ていく若い黒人女性の話で、ハイテンポなカッティングとインテリジェ
ンスあふれるセリフなどで才気を感じさせたこのデビュー作は、当時の
インディーズ・ブームに乗って、多くの注目を浴びた。その後、『スク
ール・デイズ』(88)、『ドゥ・ザ・ライト・シング』(89)、『モ’ベタ
ー・ブルース』(90)、『ジャングル・フィーバー』(91)、大作『マルコ
ムX』(92)と立て続けに作品を発表した。
『マルコムX』のあと力尽きてスランプに陥ったのかと思いきや、『ク
ロッカーズ』(95)では麻薬と暴力を盾にアメリカの黒人問題を真っ向か
ら見据えた。しかし、こちらは観たあと、後味の悪さが残ったものだっ
た。黒人映画の作り手としてのスタンスの変化だったのか、かつての軽
妙なタッチが失われていたように思えた。ところが、『ゲット・オン・
ザ・バス』(96)という群像劇は、やはりスパイクー・リーはスパイク・
リーだと思わせる作品だったのだ。バスに乗り合わせた13人の黒人がそ
れぞれの生活の不満や怒りをつのらせながら車内で交す会話の背景には、
もちろんアメリカの黒人問題があった。しかし、黒人たちが吐くセリフ
に耳を傾けていけば、リーが描きたかったのは「みんなで一致団結して
行動し、闘おう」ではなく、一人ひとりが違った個としてのT人間Uの
メッセージをもっているということだった。起死回生?のこの佳作、と
てもいい。
長い長い前置きになってしまった。スパイク・リーの90年代初期の作
品に出てスター俳優になったのが、デンゼル・ワシントンやウエズリー・
スナイプス、そしてサミュエル・L・ジャクソンである。ワシントンと
スナイプスは『モ’ベター・ブルース』で共演した。黒人ジャズ・トラ
ンペッターのデンゼルがT静Uなら、一方のサックス・プレイヤーのス
ナイプスはT動Uのイメージ。ここでわたしは初めてスナイプスの強烈
な個性と出会ったわけだが、主演のワシントンを食っていたような印象
を受けた。
翌年、スナイプスはマリオ・ヴァン・ピーブルズ監督の『ニュー・ジ
ャック・シティ』(アメリカで上映直後に大ヒットを記録しながらも、
各地で暴動が起きたため上映禁止。残念ながらわたしはビデオで観る)
で麻薬帝国の帝王役を演じた。ちなみに、マリオ・ヴァン・ピーブルズ
監督の父親メルヴィンも監督&ミュージシャンで、『スウィート・スウ
ィートバック』(71)などの秀作がある。『ニュー・ジャック・シティ』
のカリスマ的麻薬王スナイプスは、冷徹な意志に裏打ちされた肉体と精
神のバランスがとれた?セクシーな魅力を放っていて、わたしの目は釘
付け、悪の媚薬?に酔いしれたものである。蛇足だが、この帝王に迫る
刑事役のラッパー、アイス・Tもよかった。
同年製作されたスパイク・リーの『ジャングル・フィーバー』ではイ
タリア系白人女性と不倫の恋に落ちた建築家の役。黒人と白人の恋愛は
それまでのリーの映画には見られなかったシチュエーション。逞しい肉
体、それに付随して「黒人男のセックスはスゴイ」と耳年増になってい
た女。あるいは「白人女こそ美の規準」といった固定観念をどこかで植
え付けられていた男。出会ったときから、二人は互いにフィジカルな面
に魅かれあって、残業後の職場でセックスをする。絡み合う黒い手と白
い手は、拡大されてポスターやビデオ・パッケージにもなり、それだけ
を見ているとオブジェのようだ。二つの肌の色の違いは、そのまま二人
を取り巻く環境の違いをイメージさせる。そう、この作品は単なる恋物
語ではない。それぞれの家族が抱える問題、二人の恋に対する家族や友
人の反応などをキメ細かく描写。異質なものへと傾斜していく男女の心
の動きと同時に進行する周囲の動揺。ここでのスナイプスが演じる建築
家は白人社会で成功した黒人だが、一方では麻薬中毒の兄(サミュエル・
L・ジャクソンがすごかった!)をもち、両親が苦悩しているという設
定だ。スパイク・リーはニューヨークのストリートを写しながら、人種
差別問題に加えて麻薬問題を取り上げ、それまで以上にリアル感を出し
ている。一種の群像劇でもあるので、スナイプスの印象はいささか強烈
な個性が弱かったようにも感じたが、主役を張って大ブレイクだった。
その後、スナイプスは出演作が目白押しで、うれしかった。中でも好
きなのは車椅子生活をする男を演じた『ウォーターダンス』(91)とピッ
クアップ・バスケットのストリート・プレイヤーを演じた『ハード・プ
レイ』(92)である。特に後者はウディ・ハレルソンとのコンビよろしく、
ひょうきんな役を楽しく演じていたものだった。ただ、ご多分にもれず、
スナイプスもいつのまにかアクション映画の出演が多くなっていき、わ
たしの興味もしだいに薄れていったのだった。
42歳のウエズリー・スナイプス、ここらあたりで無骨だけれどセクシ
ーな中年男を演じてもらいたいものである。