(10)ジョン・マルコビッチ

エキセントリック・ダンディの極み

 ここ何年か、大好きなジョン・マルコビッチの映画を観ていなかったが、19世紀末のウィーンの画家グスタフ・クリムトを演じていると知って映画館に足を運んだ。内容に関してはそれほど期待していなかったが、絵画と映像のコラボレーション、あるいはクリムトが描いた官能美をどこまで映像によって抽出できるのか、という興味があった。人間や人生に迫っていくドラマチックな伝記よりも、画家の絵画世界にどこまで肉迫できるのかという観点から鑑賞するのも面白い。しかも、マルコビッチである。
 これまでもいろいろな画家をモチーフにした作品があったが、大御所といわれる画家を描いた作品は大味な印象で、特にひかれたという記憶はない。しかし、『バスキア』や『ピロスマニ』は心に残る作品だった。そういえば、同じオーストリアの画家でクリムトを敬愛していたエゴン・シーレに材をとった『エゴン・シーレ〜愛欲と陶酔の日々〜』という映画があって、このときシーレを演じていたのは、マチュー・カリエールというフランスの俳優だった。映画は物足りなかったが、退廃的ムードただようこの俳優のファンとしては、シーレの描く世界にマッチしていたと記憶している。一時期、クリムトとシーレというのは、特に若い女性に人気があった。
 閑話休題。
 そう、マルコビッチが演じたクリムト、その世界の話である。鮮やかな色彩と細やかな壁紙やタペストリーの装飾模様。19世紀末のウィーンにおける退廃的風潮が色濃く表現され、耽美、官能、そして死の香り。クリムトを描いたというより、クリムトが見ためくるめく夢の絵巻。そして、マルコビッチのクリムトであり、クリムトの世界で遊ぶマルコビッチであり、クリムトの夢を体現してみせたマルコビッチのインテリジェンスであるのだと思った。

 ジョン・マルコビッチを最初に映画で観たのは『キリング・フィールド』(84)だった。ポル・ポト政権下のカンボジア内戦の混乱をルポしてピューリッツァー賞を受賞した、ニューヨークタイムズ記者シドニー・シャンバーグの実体験をもとに映画化した作品である。そのシャンバーグと出国できなかったカンボジアの通訳兼ガイドとの友情が描かれてもいる。ラストで「イマジン」が流れた。泣けた。「イマジン」で泣かせてみよう、という意図もあったのかもしれないが、それだけあの曲がポピュラーでもあったわけだ。実は数年後にLDを買って何度も観た。
 「イマジン」の起用には賛否両論があったらしく、またこの作品自体を「無知の人だけが感動する映画だ」と痛烈に批判したジャーナリストもいた。その伝でいくと、自分もカンボジアの歴史について無知であるがゆえに感動して、無知の涙を流したということになる。しかし、人にはそれぞれのきっかけというものがあると思うのだが。まあ、どのような戦争映画も批判の対象になり得るということなのだろう。映画製作の目的は最終的には興行成績をあげることになる。おそらく、実際に戦争を経験した人や当事国の人たちは観たくはないし、そのような映像を受け入れることはできないかもしれない。それでは、ドキュメンタリーだけが真実を写し出すというのか。そうとは言い切れない。話がずれてしまったが、この作品について書き出すととてつもなく長くなるのでやめよう。
 マルコビッチはフランス人のカメラマンを演じていた。シャンバーグ記者のピューリッツァー賞授賞式に姿を現わして、「彼(カンボジアの通訳兼ガイド)を犠牲にして受賞か」といったような皮肉を言う。当たらずとも遠からず。リアリズムを追求するようなドキュメンタリーが抱えるジレンマに突き当たるのだ。かつて、ロバート・キャパも絶賛と皮肉を浴びたのであろう。マルコビッチが演じたカメラマンは正義に対して懐疑的だったが、通訳兼ガイドの出国に関してはいちばん親身になっていたのかもしれない。ピューリッツァー賞受賞は結果である。しかし、それが名誉になって一人歩きしたとき、正義と信じていたものはどこにも存在しなくなるのではないか。自分でも答えは見つからない。映画において、最後に友情という言葉でくくられたとしても問題点は解決しないのだろう。そういう意味においても、とても考えさせられる作品だった。そして、出番も科白も少なかったが、マルコビッチは印象に残るいいカメラマン役だった。ちなみに、キリング・フィールドを彷徨った、主役ともいうべき通訳兼ガイドを演じたハイン・s.ニョールもカンボジアで悲惨な経験をした後にアメリカへ渡ったが、96年にロサンゼルスで射殺されている。ポル・ポト派に殺されたのではないかという説もある。
 同年の『プレイス・イン・ザ・ハート』では盲目の青年役。これが映画デビューなのだが、アカデミー助演男優賞にノミネートされ、以後、個性的演技派として注目を集め、多彩な監督たちからオファーがあり、実にさまざまな役を演じて、違和感なく役になりきっていた。思い出しながら、ざっと拾い上げてみたい。そう、マルコビッチについて思いの丈を書くことはわくわくする。まるで、彼に長い恋文でも書くような心境になってくる。

 マルコビッチの魅力の一つであるインテリジェンスとエキセントリックな色気を出していたのが『危険な関係』(88)である。18世紀のパリの貴族社会を舞台にした男と女の駆け引きがテーマのラクロ原作の映画化。元愛人に頼まれて若い娘を誘惑するドンファンの子爵という役。どこから見てもハンサムではないのに、狡猾そうな目つきと押しの強さに加えて詩人のような雰囲気をただよわせているところが味噌。
「なんて、いやらしい目つき。こんな男とは関わりたくないわ、騙されないわよ」と男を避けていた女だが、いつのまにか「あら、なんか変なの。彼のことが気になっている。ええ、恋なの? まあ、どうしましょう」と思ったときには遅く、ヘビに睨まれた蛙みたいにあとは飲み込まれてしまうだけ。さらにまた別の若い娘を誘惑するというドンファンぶり。しかし、インモラルな恋のゲームだったはずが、不覚にもドンファンが心乱れていく様は素敵だ。文学の香りに包まれ、映像が美しい。書簡体の妙である。さすが、フリアーズ。おそらく、この作品、好男子風の男優が演じていれば、つまらなかっただろう。ひょうひょうと演じていたマルコビッチだからこそ、危険な関係なのである。「男は顔じゃない、色気だよ、ついでにインテリジェンスだよ」とマルコビッチが言ったかどうか、それは定かではない。

 スティーブン・スピルバーク監督の『太陽の帝国』(87)にも出演。これは第2次世界大戦中の中国と上海の収容所を舞台に、一人の少年の目を通して語られる物語である。辛辣な批評もあったが、自分は世評には左右されずに映画を観てよかったと思った。主演の少年役を見事に演じていたクリスチャン・ベールを発見できたのもうれしかった。マルコビッチの役はどこか兵隊やくざ的な男でやさぐれてはいるが、マッチョな男で信念のある優しさを見せていた。少年には人生の師と写ったようだった。
 スタインベック原作の『二十日鼠と人間』では巨漢の精神薄弱の青年という役。悲しいラストに胸がつまった。そして、サハラ砂漠を舞台にしたポール・ボウルズ原作の映画化、ベルトリッチ監督の『シェリタリング・スカイ』は、倦怠夫婦がニューヨークを離れて、北アフリカを旅する話だ。夫を演じたマルコビッチに退廃的インテリジェンスの香りがただよっていたとは断言できない。演技力はあったのだが、エキセントリックなマルコビッチの印象が強すぎたかもしれない。多分、適役はほかにもいただろう。たとえば、ジェレミー・アイアンズがもう少し若ければぴったりだと思う。しかし、このような役でもオファーがあったのだから、いちばん脂が乗っていた時期だったのかもしれない。

 ざっと挙げてみただけでも、マルコビッチは多彩な役を演じわけることができるのである。だから、次は何?とわくわくする。『コン・エアー』では凶悪犯。マルコビッチ曰く「インテリの役はいいね、たとえ犯罪者でも」と語ったらしい。だいたい、『シークレット・サービス』でも、主演のクリント・イーストウッドを向こうに回し、大統領暗殺を企てる殺し屋役にどっぷりはまって自由自在の七変化ぶりを嬉々として演じていたのだから、カメレオン役者なのである。
 そんなマルコビッチに似合わないのがホームドラマであると思う。どうしたって、家族で食卓を囲む一家の主人という図は想像できない。ところが、『仮面の男』(98)では、当時人気絶頂にあったレオナルド・ディカプリオの父親役で出た。これが、なかなか渋くていいのだった。時代が14世紀ということもあるが、ううむ、このときは目からウロコだった。そうなのだ。神出鬼没、今後もどんなマルコビッチに会えるのだろうかと思うと、ダンスしたくなるのである。

●私的ベスト5
1.『危険な関係』(88)
 (監督:スティーブン・フリアーズ 共演:グレン・クローズ、ミシェル・ファイファー、ユマ・サーマン)

2.『クリムト』(06)
 (監督:ラウル・ルイス 共演:ヴェロニカ・フェレ、ニコライ・キンスキー)

3.『二十日鼠と人間』(92)
 (監督:ゲイリー・シニーズ 共演:ゲイリー・シニーズ、シェリリン・フェン)

4.『太陽の帝国』(87)
 (監督:スティーブン・スピルバーグ 共演:クリスチャン・ベール)

5.『シークレット・サービス』(97)
 (監督:ウォルフガング・ペーターゼン 共演:クリント・イーストウッド、レネ・ルッソ)

●Keityの採点
 ルックス★★★
 人気度★★★
 演技力★★★★
 アクの強さ★★★★★
★★★★★抜群!文句ナシ  ★★★★役柄しだい ★★★ほどほど   ★★がんばれ! トホホ〉

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