ここ何年か、大好きなジョン・マルコビッチの映画を観ていなかったが、19世紀末のウィーンの画家グスタフ・クリムトを演じていると知って映画館に足を運んだ。内容に関してはそれほど期待していなかったが、絵画と映像のコラボレーション、あるいはクリムトが描いた官能美をどこまで映像によって抽出できるのか、という興味があった。人間や人生に迫っていくドラマチックな伝記よりも、画家の絵画世界にどこまで肉迫できるのかという観点から鑑賞するのも面白い。しかも、マルコビッチである。 これまでもいろいろな画家をモチーフにした作品があったが、大御所といわれる画家を描いた作品は大味な印象で、特にひかれたという記憶はない。しかし、『バスキア』や『ピロスマニ』は心に残る作品だった。そういえば、同じオーストリアの画家でクリムトを敬愛していたエゴン・シーレに材をとった『エゴン・シーレ〜愛欲と陶酔の日々〜』という映画があって、このときシーレを演じていたのは、マチュー・カリエールというフランスの俳優だった。映画は物足りなかったが、退廃的ムードただようこの俳優のファンとしては、シーレの描く世界にマッチしていたと記憶している。一時期、クリムトとシーレというのは、特に若い女性に人気があった。 閑話休題。 そう、マルコビッチが演じたクリムト、その世界の話である。鮮やかな色彩と細やかな壁紙やタペストリーの装飾模様。19世紀末のウィーンにおける退廃的風潮が色濃く表現され、耽美、官能、そして死の香り。クリムトを描いたというより、クリムトが見ためくるめく夢の絵巻。そして、マルコビッチのクリムトであり、クリムトの世界で遊ぶマルコビッチであり、クリムトの夢を体現してみせたマルコビッチのインテリジェンスであるのだと思った。
ジョン・マルコビッチを最初に映画で観たのは『キリング・フィールド』(84)だった。ポル・ポト政権下のカンボジア内戦の混乱をルポしてピューリッツァー賞を受賞した、ニューヨークタイムズ記者シドニー・シャンバーグの実体験をもとに映画化した作品である。そのシャンバーグと出国できなかったカンボジアの通訳兼ガイドとの友情が描かれてもいる。ラストで「イマジン」が流れた。泣けた。「イマジン」で泣かせてみよう、という意図もあったのかもしれないが、それだけあの曲がポピュラーでもあったわけだ。実は数年後にLDを買って何度も観た。
マルコビッチの魅力の一つであるインテリジェンスとエキセントリックな色気を出していたのが『危険な関係』(88)である。18世紀のパリの貴族社会を舞台にした男と女の駆け引きがテーマのラクロ原作の映画化。元愛人に頼まれて若い娘を誘惑するドンファンの子爵という役。どこから見てもハンサムではないのに、狡猾そうな目つきと押しの強さに加えて詩人のような雰囲気をただよわせているところが味噌。
スティーブン・スピルバーク監督の『太陽の帝国』(87)にも出演。これは第2次世界大戦中の中国と上海の収容所を舞台に、一人の少年の目を通して語られる物語である。辛辣な批評もあったが、自分は世評には左右されずに映画を観てよかったと思った。主演の少年役を見事に演じていたクリスチャン・ベールを発見できたのもうれしかった。マルコビッチの役はどこか兵隊やくざ的な男でやさぐれてはいるが、マッチョな男で信念のある優しさを見せていた。少年には人生の師と写ったようだった。
ざっと挙げてみただけでも、マルコビッチは多彩な役を演じわけることができるのである。だから、次は何?とわくわくする。『コン・エアー』では凶悪犯。マルコビッチ曰く「インテリの役はいいね、たとえ犯罪者でも」と語ったらしい。だいたい、『シークレット・サービス』でも、主演のクリント・イーストウッドを向こうに回し、大統領暗殺を企てる殺し屋役にどっぷりはまって自由自在の七変化ぶりを嬉々として演じていたのだから、カメレオン役者なのである。
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2.『クリムト』(06)
(監督:ラウル・ルイス 共演:ヴェロニカ・フェレ、ニコライ・キンスキー)
3.『二十日鼠と人間』(92)
(監督:ゲイリー・シニーズ 共演:ゲイリー・シニーズ、シェリリン・フェン)
4.『太陽の帝国』(87)
(監督:スティーブン・スピルバーグ 共演:クリスチャン・ベール)
5.『シークレット・サービス』(97)
(監督:ウォルフガング・ペーターゼン 共演:クリント・イーストウッド、レネ・ルッソ)