見上げれば、空
一歩外に出ると、空を見上げて歩く。
部屋の中にいても空が気になり、
事務所にいても、にぎやかなカフェにいても窓からぼんやり空を見上げる。
そして、空に浮かぶ雲の形状を目に焼きつける。
「上を向いて歩こう」ではないけれど、空を見上げていれば、
萎えていた気持ちも苛立ちも動揺も、あるいは浮かれすぎる気分さえも
すべてが天までとどいて、いっとき、心に平静の絨毯が敷かれるのだ。
或る写真家が妻を亡くしてからしばらく
空ばかりを撮っていたということをわたしは忘れない。
「人間、死んだらお終いさ」
そんな言葉をわたしは吐きたくない。
「輪廻転生」・・・人はそれを忘れすぎている。
九月から十月への移行。
時のスライドをいさぎよく受け止めながら、
いよいよ身にしみてきた冷たい夜風に向って
「やっほ〜、再会だね」と挨拶してみた日。
「生きているって、こういうことなんだね」
電話の向こう側の言葉に「うん、うん」とうなずいた日。
久しぶりにギターをアンプにつなげて、
「ラブ・イン・ベイン」を弾きながら歌った日。
父の月命日。
昨日、相模大野で撮った雲はまさに父の好物だったさんまの骨のよう。