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次から次へと、目の前に料理が並ぶ。芝山はそれほど食欲があったわけではな
いが、ワインを飲みながら適当に料理を口に運んだ。麻美は料理を少しずつ皿に 取り分け、ゆっくり味わっては「おいしいです」と芝山を見る。 二人は会話らしい会話も交わさずに、ただ向き合って食事をしていた。芝山に とって、それは苦痛なほどの沈黙ではなかったが、意識的に話題を探している自 分が滑稽でもあった。ふと、麻美に姉がいることを思い出した。 「きみの三つ違いのお姉さんって、どういう人? きみに似ているのかな」 麻美は怪訝な表情で芝山を見つめた。 「顔も性格も似ていません。姉はとてもしっかりしていますから」 「ということは、きみは自分のことをしっかりしていないって分析しているの?」 一瞬、自分の口から飛び出た分析という言葉に違和感を覚えた。物事の流れを 絶つような言葉だった。おそらく姉との対比において、分析する必要などどこに もない。どう感じているか、それだけでいいのだろう。 麻美はくすりと笑って、 「考えてみれば、しっかりって、とても曖昧な言葉ですね」と言った。芝山はそ れには答えず、 「ぼくの印象では、きみはしっかりしているように見えるけど」 「子どもがいるから? でも、子どもがいることとしっかりしていることとは相 関関係にはないです。多分……」 「まあ、そうなんだろうけれど」 芝山がそのあとを続けられずにいると、麻美は思いついたように切り出した。 「姉は小学生のころから学校の成績がよくて、何事も計画的に進める人でした。 学校の勉強でも一日の過ごし方でも。理路整然としていて、決して、感情的にな らない人です。いつも状況を適格に判断できる人です。だから、あまり喧嘩って したことがありません。そして、ちゃんと将来のビジョンを描いて生きていて、 就職すると同時に家を出て自立しました。一昨年、大学時代から交際していた人 と結婚して、暮れに出産しました。それも計画通りだったんですって。近い将来 は子どもの教育を考えてフィンランドへの移住を計画しているんです」 そこまで一気に話してから、麻美は「わたしとは大違いね」とつぶやいた。 静かに話を聞いていた芝山は少女時代から今日にいたるまでの麻美の物語をイ メージしようとしたが、どうしても過去と現在をつなぐ橋が架からなかった。お そらく、橋は晶の存在なのではないだろうか。芝山は晶の顔を思い出して胸がつ まり動揺したが、表情には出さずあくまで冷静に質問してみた。 「それで、きみはそういうお姉さんとは似ていないと思うんだね」 妙にあらたまった言い方はまるで未熟なカウンセラーかなにかみたいだと、ひ とり苦笑した。 「はい。よく人からも姉妹とは思えない、と指摘されていました」 「ぼくも弟とは顔も性格も似ていない、と指摘されていました」 芝山が麻美の言い方をまねたのがよほどおかしかったのか、麻美は澄んだ声を 上げて笑った。今夜、初めて聞くいい声だった。 「芝山さんの弟さんって、どんな人ですか?」 「うーん、素直で真面目でやさしい.といえば月並かな」 「芝山さんがその反対だったら、ひねくれて不真面目で冷たい人ってことになり ませんか? あ、ごめんなさい」 麻美の態度が少しずつ柔らかくなっているのを芝山は感じていた。 「多分、そうなのだろうと思う」 「ほんとうにそう思っているのですか?」 「ああ、自分のことは自分がいちばんよくわかっている。生きるにしたがって、 そう思えてきたかな。弟もきみのお姉さんのように、大学時代からつき合ってい た人と結婚して、家族仲良く平和に穏やかに暮らしているよ」 芝山が手酌でワインを注いで一口飲んで麻美を見ると、彼女は何か言たそうな 表情をしてグラスを持ったが、すぐに元にもどして芝山を見つめた。 「平和で穏やかなんて、ほんとうのところはわからないのかもしれませんね。人 の目にはそう見えていても、たとえ、順風満帆でも少し風が吹いて小さなさざ波 はできます。航海には影響がない程度の揺れって常にあると思います」 「毎日、一つ屋根の下で暮らしているわけだからね。いまのところは総合的に穏 やかに見えるということかな。今後のことはわからないけれどね」 「あ、ごめんなさい。話が少しずれました。兄弟でも正反対という話でした」 「お姉さんとはときどき会っているの?」 「都内に住んでいますけれど、あまり会えないです。自立したまま、我が人生を 歩んでいるって感じです。着々と」 麻美は「着々と」というところを強調して笑い、ワインを一口だけ飲んだ。 「そうか。新しい家族ができれば、なかなか会う機会って少なくなるのかな。ぼ くなんかも、弟と会うのは年に数回かな。そういえば、あまり電話もかかってこ ない。お互い生活形態がまったく違うから、しょうがないのだけれどね」 麻美は何も聞いていないようなぼんやりとした表情をしていた。一瞬、沈黙が 流れたが、それを打ち消すようにして麻美が口を開いた。 「姉はね、宙ぶらりん状態のわたしがいやなんです。自分勝手なわたしのことを 心のどこかで軽蔑しているんです」 独り言のような力のない声だった。 「なぜ、そう思うのかな」 「わたしが家族に迷惑をかけたから。家族の関係を壊したからです。あ、ごめん なさい」 「あやまることなんてないよ。話したいときは、全部ではなくても、話せること から言葉にしてみるとすっきりするんだよ」 芝山はありきたりなことを言っている自分を感じたが、いつかこうした瞬間に 出会うだろうことは予想していたのである。それが成りゆきというものだ。 「話せば長くなりそうです。でも、晶がすべてを語っているから、話さなくても いいことなのかもしれません」 「いや、そうじゃないだろう。きみはね、ぼくを晶くんに会わせたときから、い やそれ以前から、ぼくに話したいと思っていたんだよ」 今度は長い沈黙が流れた。芝山は何も言わずに麻美を見つめていたが、ふとテ ーブルの上で何度も組みかえている麻美の手指に視線が止まった。筋張った甲か ら細く長く伸びた十本の指がまるで別な生き物のように動いている。芝山は初め て麻美の手を見たような気がした。 (つづく) |