2003年、日本のプロ野球はダイエーホークスの優勝で幕を閉じた。
ファンとしてはとてもうれしく思っていたのもつかのま、小久保選手がなんと無償トレードで巨人へ。今季は怪我のため試合に出られず不本意な年だったろうけれど、無償トレードとは苛酷な宣告である。王監督はじめ選手たちが怒っていた。中内ジュニアは泣くばかり。村松はFA宣言、井口は大リーグへ?ホークスのフロントはなってない。来季はどうなることやらと不安がよぎる。
前置きが長くなってしまったが、7月に佐賀と福岡に行った話である。
6月下旬、ちょうどわたしの誕生日が翌月の7月であるということから、A女史がANAのバースデイ・サービス1万円を利用して、彼女のお兄さんが住む伊万里に小旅行に行こうということになった。ほかに女史の友人二人も便乗して計4人。このわたしが最年少というすごいグループ。7月17日〜20日、女史のお兄さん宅に3泊4日の予定で、伊万里焼の里をはじめ周辺をお兄さんの車で案内してもらうというもの。
「兄のところだから宿泊代無料よ」という女史の心遣いはうれしかったのだが、わたしは柄にもなく人見知り?するたちで、とても旅の終わりまで心身ともにもたないような気がして、あるいは一人はみ出してしまいたくなる?たちでもあるので(協調性の欠如かもしれない)、一晩だけ泊めていただくことにして、あとは一昨年に初めて行って気に入ってしまった福岡に流れることにした。
ダイエーの試合日程が知りたくてホームページにアクセスすると、なんと7月18日に秋山幸二出版記念パーティーがあることを知る。昨年10月6日に福岡ドームにおいて野球選手を卒業した秋山さんの文字通り「卒業」というタイトルの著書である。おお、18日とはラッキー。伊万里に泊まるその翌日ではないか。
パーティー開催のシーホークホテルにも割安で宿泊できるというので、さっそく申し込んだ。ミーハー丸出し。この別行動計画については「相変わらずのマイペース」ということで、大目にみてもらうしかなかった。
7月17日午後1時、女ばかり4人で出立するのは、12年前のニューヨーク旅行以来のことである。あのときは、わたしが最年長で、ほかの3人は7〜10歳年下。今回はわたしが最年少である。最年長の人はなんと68歳。しかし、彼女は毎年10月にヒマラヤ登山をするという達者な女性で10歳以上は若く見える。ちなみに、バースデイ・サービスを利用する場合、本人のほかに3人まで有効というもので、搭乗するときは4人そろっていなければならず。必ず誕生日を確認できるものを提示しなければならないという面倒なところがある。まあ、それは仕方がないだろう。
2年ぶりの福岡空港が懐しかった。あのときは福岡に年下の友人がいて、いろいろと車で案内してもらった。2カ月後に彼女は夫の転勤で東京へ。
空港から電車に乗って45分。A女史のお兄さんが住む伊万里は焼き物で有名だが、山と川に囲まれた実にのどかなところである。奥様を10年前に亡くしていまは一人住まいのお
兄さんのお宅に荷物を置いてから近場の温泉に浸かり、夜は初めて鯉のあらいをごちそうになったが、これが歯ざわりよくとてもおいしかった。翌日から別行動というわたしのために一人だけトイレ&洗面所付きの部屋を用意していただいて、なんだか恐縮至極の一晩だった。
翌朝、食事をとってから伊万里焼の里へ。山に囲まれたそこは、鍋島班の御用窯として製陶の秘法を守った秘窯の里である。新旧の陶器店や窯元がずらりと並ぶ風情ある町並み、陶器を見て回ること3時間。昼食は呼子でイカの活け作りをごちそうになる。
「秋山って、あの西武にいたプレイボーイみたいな人ね。どうもわたしはだめだわね」と最年長の女性の言葉にわたしはにやにやしながら「そう思っている女性はけっこう多いですが、彼の実力は群を抜いていましたよ。イチローが登場するまで、大リーグに一番近いところにいた外野手だと評価されていたんですよ」などと秋山さんを擁護するわたし。
「一人で福岡なんかに行かなくてもいいのにね」などとみなさんに言われ
ながら、唐津駅まで送ってもらい、一人福岡に向ったのである。
福岡ドームを中心にシーホークホテル&リゾート、ショッピングモール、レストランなど、遊興施設が集合するホークスタウンは地下鉄唐人駅下車、徒歩15分のところにある。タクシーを利用してホテルに到着したのが5時少し前、いそいでシャワーを浴びて着替える。
出版記念パーティの会場は同ホテルの1階アルゴスにあり、6時受付7時開始というのにすでに長蛇の列。立食パーティーのため、少しでもステージに近いに位置で見たいというファンたちでごった返していた。
会場に集ったのは老若男女合わせて約400人。熊本出身の秋山さんだけに、ファンは九州各地からやって来たようである。
それにしても現役を退いてもなお彼の人気が高いのには驚いた。隣り合わせた60歳くらいのおばちゃんは西武時代からの熱烈なファンで、彼とツーショットの写真を何枚も撮っていて、それがまた自慢なのだろう、アルバムを見せてもらった。ドームの試合はほとんど見ていて、彼のことなら何でも知っている。
「秋山さんは、おばちゃん、また来てくれて、ありがとうっていつも言っ
てくれるんだよ」と顔をくしゃくしゃにしてうれしそう。ミーハー、おっ
かけも筋金入りなのである。また、同じテーブルに居合わせた女性が「あ
なたはどこから来たの?」と声をかけてきたので、東京からだと応えると
「東京なの?うちの息子、東京の大学なのよ。どこにお住まい?」。世田
谷と応える。「あらまあ、息子も世田谷なの。駒沢大学に通っているのよ」
驚いた。世間は狭いものである。「うちも駒沢公園、わりと近いんですよ」
二人で「あら〜」「え〜」などとすっかり和んでしまった。
さて、スーツ姿の秋山さんがまるで結婚披露宴の花婿のように登場。
身長185cm体重80kgが目の前を通り過ぎる。大きいなあ。パーティーは、彼の41年の軌跡を追った映像、各方面から寄せられた祝辞、トークショー、抽選会と月並みな内容だったが、ほのぼのとしたいいパーティーだったと思う。おみやげはサイン入り著書とスポーツタオルと20日のウェスタンリーグ公式戦ダイエーVS中日のチケットだった。
部屋に戻りさっそく『卒業』を読み始めたら止まらなくなって、一気に読んでしまう。読書中、窓の外は集中豪雨。
わたしは西武時代の秋山さんにはあまりいい印象をもっていなかったのだが、ダイエーにトレードされたときの記者会見における彼の態度、コメントに心を動かされて以来、応援を続けてきたのである。
いまさらながら不思議だなと思うことがある。それは、以前に携わっていたタウン誌「築地物語」の仕事で、1994年6月、すでに秋山さんに会っていたということ。
築地にある日刊スポーツのカメラマンの一日を追うという特集記事“日刊スポーツ奮闘ドキュメント”を企画。グッドタイミングでホークスのデイゲームが千葉マリンスタジアムであるというので、野球担当のカメラマン2名とこちら側のカメラマンと共に公用車で現地へ向った。
わたしが秋山さんのファンであることを知っていたSカメラマンが「秋山に会いに行こうか。ベンチにいるかな」などとうれしいことを言ってくれるので、思わず「わ〜い」。「絵になる写真がほしいでしょう?」
果たして、ベンチには秋山さんの姿があった。しかも他の選手の姿はなく、たった一人でベンチに座っているではないか。
Sカメラマンは秋山さんと親しいらしく、取材の意図を伝えると気軽に撮影に応じてくれ、Sカメラマンとの談笑のツーショット。わたしはといえば、そばでただニコニコしているだけであった(あ〜、握手すればよかった。ツーショット撮ってもらうんだった。なにぶん、シャイなもので、わ〜いとうわりには、モジモジ女なのさ)。
ついでに、一昨年、福岡に行ったときはドームで試合を見た翌日の福岡空港の搭乗ロビーで、移動する選手たちの中に秋山さんの姿もあって、わ〜いのびっくり仰天。わたしはうろたえながらなぜか売店の雑誌コーナーへ。すると、そばにやってきたスーツ姿の大男、見上げれば秋山さん。彼も立ち読み。どひゃ〜。ここでも声かけられず(ああ〜、「昨日の試合観ました。勝っておめでとうございます」と言えばよかった〜)。
『卒業』の巻末に載った個人記録集を見ると、あらためてその実力のすごさに唸らずにはいられない。また、あとがきを読み終えて、わたしは彼の野球人生を思い、不覚にも涙を流したのであった。自筆の署名。達筆である。ダイエーが初めて日本一になった年から油絵を描き始めたというが、イルカの親子の絵はほんわかとしたとても温かな世界である。
一夜あけて、ホテルからタクシーに乗り込み「唐人駅まで」と告げると、運転手が「お客さん、昨日の集中豪雨で博多駅周辺が冠水して、地下鉄は運行してないよ」と言うので、とりあえず博多駅まで走ってもらうことにする。駅前は消防車やテレビ局のカメラマンたちでごった返していた。駅内もひどい状態で、何軒かのショップは浸水し、臨時休業。
市内観光は無理だとわかり、荷物をコインロッカーにおさめて西日本鉄道に乗って太宰府天満宮へ。池の中を亀(好きなのだ)が気持ちよさそうに泳いでいるのが目に飛び込んでホッとする。
太宰府をあとにして周辺を散策。再び博多駅に戻り、早めにA女史推薦の格安ビジネスホテル(5000円)にチェックイン。シャワーを浴びてから、面白そうなライブがあれば行こうと思っていたのだが、なんと選んだライブハウスは博多駅そばの「照和」。昔、長渕剛や海援隊などが出演していたハウス。フォークなんだよなあ。
「照和」の店内は集中豪雨のため、客が数人という寂しさだった。フォークのライブなんて、学生時代に拓郎を聴いて以来だわなあ。どうしてだろうか。最初、聴いていてとても気恥ずかしい思いがした。
4グループ出演。「人生」や「愛」を力こめて歌うからなのか。気持ちよくならない。わたしは爆音が好きだから、気持ちが乗っていかない。なんでかなあ。それでも、カワイイ顔したシンガーに「そこの奥さん、どこから来たの?」と問われて「東京から〜」と応答。「おお、旦那を家に残してきたの?」と来たので「旦那はいないとよ〜」と応答。「あっ、すみません」とあやまるものだから、「あなた、悪くないとよ〜」と応えると、少ない客に受けたのか、拍手をもらう。ガハハ。
翌日はホテルの送迎バスで博多駅まで送ってもらったのだが、その運転手に「一人旅?」と聞かれたので「そうだ」と正直に応えると「今度、福岡に来たときに車で案内するから、携帯の番号を教えてくれない?」だとさ。いったい、どうなっとるとよ。まあ、そこは丁重に断って、下車。福岡の人は親切であるという印象はあったが、この場合は親切ではなかとよ。ナンパかいな? ナンバしよっと?である。印象が悪くなるとよ。
東京行きの飛行機は7時だったので博多駅に荷物を預け、ウェスタンリーグ公式戦ダイエーVS中日を観戦するためバスで福岡ドームへ。ウェスタンリーグにもかかわらず?お客さんがいっぱいである。おまけに秋山さんが若タカ練習中のグラウンドに姿を見せるというおまけつきでラッキー。
試合のほうは飛行機の時間が気になっていたので、7回途中で抜け出し、エントランスの方に向っていたら「あの、ちょっと」と声をかけられたので振り向くと、秋山さんの出版記念パーティーで出会った世田谷に住むという息子さんをもつ例の女性である。「あら〜」ということになって、しばし立ち話をしてドームをあとにしたのである。
博多駅から福岡空港へ。唐津で別れた女性3人とANAのカウンターで待ち合わせる。3人とも日焼けした顔だった。機上、『卒業』を再読しようと本を開くも、何度も睡魔に襲われて2度ほど大事な御本を床に落としてしまった。
次に福岡へ行くのはいつになるのだろうか。現段階では、ダイエー選手会は小久保移籍に反発して優勝旅行を拒否しているという情報が伝わった。打開策はあるのだろうか。